海外の通俗小説 

19世紀後半から20世紀のフランスのロマンスつまり通俗小説に関する本。

Romance and Readership in Twentieth-century France: Love Stories (Oxford Studies in Modern European Culture)

Romance and Readership in Twentieth-century France: Love Stories (Oxford Studies in Modern European Culture)

 英米の通俗小説については、井出弘之「ハーディ文学はどこから来たか-その処女長篇と六十年代大衆小説」(小池滋編『イギリス/小説/批評』南雲堂、1986)があるが、今回は、名古屋女子大教授の羽澄直子「仮面が隠すもの、暴くもの-ルイザ・メイ・オルコットのセンセーション・ノベル」(『名古屋女子大学紀要』2003)を読んでみた。
 オルコットといえば『リトル・ウィミン』(若草物語)で知られる作家だが、その作中でジョーは、金のために「センセーション・ノヴェル」を書いて稼ぐが、のちそれを恥じてやめる。だがオルコット自身が、センセーション・ノヴェルを書いていたというのだ。センセーション・ノヴェルとは、1850年代からおおむね女性作家たちによって書かれた通俗的・扇情的な小説で、1850年にスーザン・ウォーナーの『広い、広い世界』が米国初のミリオンセラーとなっている。
The Wide; Wide World

The Wide; Wide World

なおこれは1922年、藤沢古雪によって『広い世界』として邦訳されているが、その後『エレン物語』の題で、子供向けに、村岡花子、伊藤佐喜雄などが訳しているが、ウォーナーの筆名エリザベス・ウェザレルになっている。
 さらに売れたというのが、マライア・カミンズの『点灯夫』である。
The lamplighter

The lamplighter

これは邦訳はないようだ。
 あと日本でも圧倒的に有名なのが、ストウ夫人の『アンクル・トムの小屋』で、これが爆発的に売れたことが、南北戦争の一因となった、政治を動かした小説である。
 さてオルコットは、エマソンを師と仰いでいたが、A・M・バーナードの変名で「Behind a Mask」を書いている。これが1975年に、オルコットの作として発掘され、刊行された。
Behind a Mask: Or, a Woman's Power

Behind a Mask: Or, a Woman's Power

筋立ては、ジーンという、実は三十才になる女が、入れ歯などで変装して19歳と偽り、ジョン卿という寡夫と、エドワードとジェラルドという兄弟のいる家に家庭教師として入りこみ、三人の男をさんざんにもてあそぶというものだ。途中でエドワードはジーンの正体を見抜き、三日以内に出て行くよう通告するが、ジーンは遂にジョン卿の心を射止めて結婚し、エドワードが正体をばらしてもジョン卿は証拠の手紙を火中してしまうという、「悪女」ものである。
 つまりこれが「センセーション・ノヴェル」の本道であって、リチャードソンの『パミラ』を露悪的にしたものと言えるだろう。20年前に佐伯順子さんは、『明治文学全集』に入っている大塚楠緒子の小説「空薫」を論じていたが、それはこういう英米の小説を読んでネタにしたに違いないのである。
 もちろん、そういう小説がどっさりあったことは、アメリカ文学の専門家は知っているのだが、文学の半可通は知らずにいる。で、明治期家庭小説は、こういうのときちんと比較するということを、比較文学者がやらなければいけなかったのである。