新説のある種の運命

サヴォイ・オペラの『ミカド』の翻訳を出した時、倉田喜弘さんの論文を付録にした。「宮さん宮さん」のメロディーは、日本でできたものではなく、サリヴァンが作曲したものが逆輸入されたものではないかというもので、倉田さんは別途、歌詞さえ明治維新当時は存在しなかったという説も出していたが、これは西沢爽の『日本近代歌謡史』というやたら分厚い本’(しかも二巻)で詳細に論破されていた。

 だが、数年たつうちに、倉田さんの説に対して、

(これは無理だろう)

 と思うようになり、今では完全に否定している。

 「蛮社の獄」という事件がある。渡辺崋山高野長英が、モリソン号事件で幕政を批判した廉で鳥居耀蔵によって罪に落とされた事件である。以前、これについて、言論弾圧ではなく、鳥居と江川英龍の対立のとばっちりだという説が出たことがあった。(ウィキペディアに詳しく書いてある)私は、芳賀徹先生の影響で、鎖国を悪と決めつけない説が好きだったのでこれに肩入れして、あちこちに書いたことがある。だがこれも、時間がたつと、要するに言論弾圧には違いないので、通説のままで別に問題はないと思うようになった。

小谷野敦