ムルハーン千栄子先生に訊きたいことがあって電話したのだが、結局訊きたいことについてはご存じなく、だが一時間半くらいしゃべった。まあムルハーン先生がしゃべるのに懸命についていった感じだが、80歳を超えていよいよエネルギッシュである。
 『八犬伝』の話をしたら、『八犬伝』と『大菩薩峠』は面白い、と言う。白井喬二も面白いらしい。『八犬伝』は面白いが、私は『大菩薩峠』のどこが面白いのか分からない。当時谷崎潤一郎が褒めたとか言うが、それはその頃まだ、吉川英治海音寺潮五郎とかが登場していなかったからだろう。直木三十五だって、今ではほとんど読まれない。
 『大菩薩峠』は何度か映画化されていて、戦前は日活で、稲垣浩監督、大河内伝次郎主演で、戦後は、1953年に東映渡辺邦男監督、片岡千恵蔵主演、全三部、57-59年に東映内田吐夢監督、片岡主演、全三部、60-61年に大映で三隅研二・森一生監督、市川雷蔵主演、全三部、66年に東宝岡本喜八監督、仲代達矢主演でこれは一本だけである。
 原作は机龍之助なんかどこかへ行ってしまって脇役だけがうろうろするのだが、映画ではそういうことはさすがにないので、この何度かの映画化で『大菩薩峠』は命脈を保ってきたのだろう。私も結局角川文庫26冊のうち最初の二冊で挫折して、確か内田吐夢の「完結編」を観て終りにした。
 先ごろ伊東祐吏『「大菩薩峠」を都新聞で読む』というのが出て、『大菩薩峠』は都新聞の連載では分かりやすかったのに、単行本化の際に介山自身が手を入れて分かりにくくなった、と論じていた。今度都新聞版で復刊するという。だが、従来の版が分かりにくかったとしたら、それで読んで面白いと言ってきた人の立場はどうなるのだろう。それに、あれは長くて中心がない感じだから分からないのであって、連載版にしても筋は変わらないのだから、同じではないかという気もする。