映画の世界では、ある程度実績があって三十年くらいやっている監督は、
予告編などで「巨匠」と呼ばれる。文学の世界では、五十年やっていても、
おいそれと「文豪」とは呼んでくれない。
さて、その「巨匠」と言われる映画監督で、張藝謀とニキータ・ミハルコ
フが私は好きなのだが、この二人が好きだと言うとだいたい映画ファンから
はバカにされること請け合いである。二人とも社会主義国で出発し、ミハル
コフなどはソ連国歌の作詞をした詩人の息子で、ソ連解体後は、ロシヤの大
統領選に出るのではないかとまで言われた。張藝謀のほうは、コン・リー主
演の映画で名をあげたが、コン・リーは公然たる愛人で、いったんは切れた
が、最近また主演に起用している。そういう生き方上手なところが、うさん
くささを感じさせるのだろう。
ミハルコフがいいと思ったのは、『機会仕掛けのピアノのための未完成の
戯曲』というチェーホフ原作のものをテレビで観て、映像が美しい、と思っ
てからだが、そのあと映画館で『ヴァーリャ!』を観て、このストーカー話
が気に入っていたら、パンフレットに蓮實重彦と武満徹の対談があって、蓮
實がこの映画をぼろくそに言っていて、まあそのあたりから映画批評家は信
用しないことにしたのである。
ミハルコフ作品で、私が好きな一つが『シベリアの理髪師』(二〇〇一)
だが、これがまた世間で評判が悪い。帝政ロシヤ時代の一八八五年を舞台と
した、アメリカ人女性とロシア人の青年士官学校生の恋物語である。女はジ
ュリア・オーモンド、男はオレグ・メンシコフで、メンシコフは若者役だが
当時すでに四十歳、オーモンドが三十五歳なのだが、オーモンドが老けて見
えるというのが不評の一因らしいし、筋立てもドラマティックで、何だか少
女漫画のようだ。ミハルコフ自身が皇帝アレクサンドル三世役で登場したた
め、大統領選に出るつもりかと言われて、それも不評の一因らしい。
だが、私にはこの映画はとても面白くて良かったのである。一見をお勧め
する。