生殖器に電流を

私は英文科を出て比較文学の大学院に行ったが、二年目に英文科で高橋康也先生が開いている大学院のゼミに出席した。阿部公彦河合祥一郎といった人たちがいた。そこで知り合ったT君は、法学部から英文科の大学院へ来た人で、親の命令でいやいや法学部へ行かされたということで、いろいろ話してみると文学に関心が深く、親しくなった。

 その後私はカナダへ行き、大阪へ行きしたが、T君はある大学に勤めてから東大の助教授(駒場)になり、あれこれ話をしたが、東大へ行ったころ、ポスコロをやると言いだしたから、ちょっと嫌な予感がした。私は当時、精神分析とかポモとかポスコロとかカルスタとかいうのをうさんくさく感じ始めていたからだ。

 2009年に、T君の単著が送られてきた。読んでいて私はギョっとした。ハロルド・ピンターを論じた個所で、ピンターがトルコへ行って、アメリカのトルコ政策はひどい、と話していたら、別の人が「いや、背後にソ連があるから仕方ないのですよ」と言った。するとピンターは「いや、私たちは生殖器に電流を流す話をしていたんだよ」と言ってごまかしたというのだが、T君はピンターのこういう発言を礼賛していたのである。これで、ああ、もうこの人はダメだ、と思った。見ているとポモにやられた人になってしまったようで、ご多分に漏れずフロイトにもやられていたらしく、ほぼ絶縁状態になったが、早くまともな学問に立ちかえってほしいものだ。

小谷野敦