「クリーピー」(黒沢清)中央公論2018年6月

 私は、映画はシナリオが一番大切だと思っている。もちろん世間には、シ
ナリオより映像を重視する人もいる。だが小説でも、私は筋を重視する。筋
のない小説にも優れたものはあるが、筋がないに近いものを文章だけで評価
するということはあまりない。
 『クリーピー』は、前川裕のホラー小説が原作だが、かなりひどいシナリ
オで、『映画芸術』でワーストの中に選ばれたほどである。原作はごてごて
してはいるが一応筋が通ってはいるのを、あちこち切り落としたために、危
険な犯罪者がいる家に一人で乗り込んで行って殺されたりする刑事などとい
う間抜けな者が現れたりする。
 サイコパス犯罪者を演じるのは香川照之で、犠牲となるのが刑事の西島秀
俊とその妻・竹内結子である。そして監督・黒沢清の映像表現が実にみごと
で、竹内を正面からとらえながら映像が不気味に揺れたりする。
 いい映画だと思ったのに、あとになって全然覚えていない映画もあるが、
ひどいなと思ったのに記憶だけは鮮明な映画もあって、『クリーピー』はま
さに一度しか観ていないのに各々の場面が記憶に残る。東京郊外の住宅地で
ある稲城市あたりがロケ地なのだが、この映画を観たあとではその郊外の何
げないたたずまいさえ怖くなる。だいたい郊外というのは、いったん見る者
の精神状態が悪くなると不気味なものだ。私は、多量の住宅が建っているの
を目にすると、これの一つ一つに三、四人の人が住んでいて、こういうのが
日本中にあるのだ、と思っただけで気持ち悪くなるので、この映画はそうい
現代社会のハコ的な住宅の薄気味悪さを描いたともいえる。
 他人を操ることができるスタンガンみたいな装置が出て来て、そんなもの
存在しないので、原作からして無理はある。なお原作の前川裕は法政大の英
文学教授で、大学院で私の先輩にあたり、大学の先生で小説を書く人は文学
専攻でもあまりいないので、その点でも関心があったが、前川とは面識はな
い。