私が中学一年の時である。校舎が足りなくて、一年生はプレハブ校舎で授業をしていた。
私は週一回の課内クラブで落語研究会へ入っていたのだが、入ってほどなく、先生が作った、早口ことばなどを書いた刷り物が配られた。
ところが授業の終わり際、その日休んでいた私の隣のクラスの男子生徒があって、先生から、「小谷野君、これ××君に渡しといて」と言われたのである。
私は困った。その××君のことをよく知らなかったし、隣のクラスへ行って用をたす、というのが面倒だったからである。しかししょうがないので隣のクラスの入り口に立って、知らない男子生徒を呼び止め、「××君いる?」と聞いて、その紙を渡した。すると奥へ行った男子は戻ってきて、「いないって」と言うから、私はその紙を取り戻そうとした。
クラブを休んでいるのだから学校そのものを休んでいるとは分かりそうなものだが、よく知らない生徒のために預かったものを一晩家へ持ち帰ったりしたくなかったのである。だがいないならしょうがない。ところが男子生徒は何を勘違いしたのか、「へへっ」とか言いながら紙を返さない。私は教室内へ踏み込んで、返してくれと言ったのだが、そこへ栗本という、小学校の時同じクラスだった、成績は割といいのになぜかいたずらな生徒が来て、「おいよこせ」と言って紙を奪って行ってしまった。
私は、何をやってるんだろうこいつらは、と呆然として入り口に立っていたが、ほどなく、栗本が、なんだよただの紙かよみたいなブマな顔つきでやってきて、黙って返してよこした。
子供の生活には、こういう意味不明なことが起こるものである。