アマゾンで松浦寿輝の文庫版『折口信夫論』を酷評したら教えられて穂積生萩『折口信夫 虚像と実像』(勉誠社、1996)を見たら、穂積、鈴木亨、米津千之の三人が延々と松浦の悪口を言っていておもしろかった。
安藤礼二という人はちゃんとした学者なのかどうか、と思っていたら、松浦の文庫版の解説を書いているから、ダメな人だろうと思った。
とはいえ、穂積らの折口崇拝に同意するわけではない。学問である以上、論拠を示さなければいけないが、折口の論には論拠がない。第一『古代研究(民俗学編)』とあるが、民俗学というのは口碑をもとに構築する学問で、その方法で古代が分かるであろうか。文化人類学の方法で、未開民族を調べることで人類の未開時代を推定するというのがあるが、せいぜい民俗学に分かるのは18世紀ころからあとの習俗で、それを古代までさかのぼれるかどうか。
私は民俗学というものに何の関心もなかったので、大学院へ入ってこれはいかんと思い、『古代研究』の第一巻を読んで何が何だか分からなかった。留学から帰ってから『折口信夫事典』など買い込んで、折口が何を言っているのかは分かってきたが、相変わらず論拠は分からない。
当時、四方田犬彦の『貴種と転生』という中上健次論を読んだが、これも何を言っているのか途中で分からなくなった。要するに君らはあれか、分かるように書いたら恥ずかしいと思っているのか。
しかしみんな折口が好きである。富岡多恵子も書いているが、あれは大阪人だから。
さるところで『日本売春史』を評して「代案がない」とか書いている人がいたが、まあ若い人だろう。「UFOは存在しない」と言ったら「代案を出せ」と言われているようなものだ。
さてアポロは月へ行ってない説を信じた副島隆彦が、今度は痴漢事件は国家の陰謀だ説の植草と本を出している。やっぱりおかしいのではないか。そういえば副島の最初の本は『欠陥英和辞書の研究』だったが、あそこでチョムスキーへの無理解をさらけ出していた。
プール学院大学教授の李春美さんが初の著書を出すらしい。シェイクスピアが専門で、私は阪大へ勤め始めた年に当時まだ講師だった李さんに会ったことがある。ところが、李春美で検索すると、うわあ・・・・。