河野多恵子の不法引用

(活字化のため削除)
 そういえば、田中貴子は『鏡花と怪異』のあとがきで、やはり名を出さずに、しかし調べればすぐ分かる形で佐伯順子の『泉鏡花』をこきおろしたのも、やや卑怯なことであった。
文學界』の八月号、高橋源一郎の「ニッポンの小説」も、二十年前に書かれたという小説をふんだんに引用して論じつつ、それが誰の何という小説なのか書いていない。ただ、少しは年をとった文学事情に詳しい人なら、それが糸井重里の『家族解散』であることは分かる。新潮文庫版には高橋が解説を書いていたし、私は読んだ。実に退屈な小説であった。解説で高橋は、面白くなかったらどうしようと思いながら読んだら面白かった、と書いているが、嘘であることが今回は仄めかされている。糸井という人は、小説とか物語を書くと、筋を壊してしまうのが癖なのである。糸井の童話を読んだこともあるが、やはりつまらなかった。
 それはともかく、これも不法引用である。もしかしたら高橋は糸井の許可を得て、引用元の明示なしの引用をしたのかもしれないが、いずれにせよこれを読んだ人が、このように引用元を明示せずに引用してもいいのかと勘違いしたら困るとは思う。
 (小谷野敦