原基晶「ダンテ論 『神曲』と「個人」の出現」アマゾンレビュー

ダンテはなぜつまらないか
星5つ 、2022/08/06
 私は長いことダンテが苦手だった。ベアトリーチェの話には恋愛の生々しさはないし、「神曲」は平川祐弘先生の訳で読んだがつまらなかった。平川先生の解説本も読んだが一向に腑に落ちなかったし、私には何だか平川先生自身あまり本気で書いていないような気がしたのだ。
 本書は驚くべきことに、その理由を明らかにしてくれる。バジル・ホール・チェンバレンは、ゲーテは大した文学者ではなく、ドイツが近代になって自国を代表する文豪が欲しかったので祭り上げたのだと書いていたが、実はダンテもまた、近代イタリアにとって祭り上げられた虚像だったのだ。「神曲」や「新生」は中世アレゴリー文学の延長上にあり、ベアトリーチェやパオロとフランチェスカは「恋愛」の賛歌ではなく、人間の恋愛の罪深さと、神への愛を表象するものだったのである。キリスト教的な恋愛などというのは間違いで、キリストはロマ人への手紙で恋愛を否定している。
 「神曲」の新訳をしたイタリア文学者が、ダンテを「世界文学」の帝王の座から引きずり下ろす博士論文を書くなんて、素晴らしいことである。もはやダンテは『薔薇物語』のような、文学史の勉強のために読めばいいもの、近代の文学者が勘違いしてあがめていたにすぎないものとなり、私は「なんでこんなつまらないものが古典なんだろう」という悩みから解放されたのだ。