昨日はDVDで『セールスマンの死』の1951年の映画を観た。妻にその話をしてから、大学生の時、文三で同級だった女子が、「『サラリーマンの死』を観てきた」と言った、という話をしたら、きょとんとしている。もう一度言ったが、「え、それ、どこかおかしい?」と言うから、「私がさっき観た映画は?」と訊くと、「サラリーマンの死」と言う。なるほど、間違いに気づかないというのはこのことだなと思った。 

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海音寺潮五郎の『平将門』に、将門の恋人だった零落した貴族の娘・貴子が、いとこの貞盛とも関係していて、そのことを知った貞盛が、「みこととは実の兄弟のように思っていたが、そちらでも兄弟だったんだな」と言う場面があるのだが、平安時代にも「まら兄弟」という概念はあったのだろうか。