佐伯一麦の『芥川賞を取らなかった名作たち』で、島田雅彦の「優しいサヨクのための嬉遊曲」が取り上げられている。私は全然名作だと思わないのは当然ながら、佐伯がこれを、ロシア・フォルマリズムの方法で書かれていると書いているのが、何とも意味不明である。ロシア・フォルマリズムというのは文藝批評の方法であって、小説を書く方法ではない。大江健三郎が、選評でロシア・フォルマリズムに触れている、と言うが、大江は、ロシア・フォルマリズムと同時期のブルガーコフなどの作品に触れているだけで、ロシア・フォルマリズムの方法で書かれているなどとは書いていないのである。
 「ロシア・アヴァンギャルド」とか「ロシア構成主義」であればまだ分かるのだが、それでも主として絵画・音楽・演劇・詩の手法であって、小説に使われる名称としては聞いたことがないのである。巻末では佐伯と島田が対談をして、島田も「ロシア・フォルマリズム」と言っているのだが、東京外大ロシア語科で何を学んでいたのであろう。