服部先生死去

 歌舞伎研究の服部幸雄先生が昨年暮れ亡くなっていた。私は東大文学部で講師で来ていた服部先生の授業に出ていた。いつも笑顔を絶やさない先生で、池田満寿夫がテレビで、写楽の正体は中村此蔵だ、というのを放送したあとの授業で、相変わらず笑顔のまま、「素人さんはいいなあ、と思いました」と言いつつ、池田の推論が間違いだらけであるゆえんを説明してくれた。池田は「これぞう」と読んでいたのだが、「あれは「このぞう」というのです」とおっしゃっていた。一昨年あたり、『歌舞伎俳優名跡便覧』の新版が出た時に、人を介して頼んだら送ってくださり、お礼の葉書を書いたところだった。
 服部先生の「宿神論」や「後戸の神」は、伝説の論文だったが、刊行を予告されながら、遂に出なかった。何にしても、死ななくていい人に限って死ぬのである。悪人は長生きするのである。

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神保町のオタさんが教えてくれたので、斎藤光氏の書評を図書館でコピーしてきた。最後にちょっと意味不明なことが書いてあって、「本書には言及はないが、『性的精神病質』の著者の表記は直していただきたい」とある。クラフト−エビングかハヴロック・エリスの名前をどこかで間違えたのかなあ。しかし、「クラフトーエヴィング商会」がいけないのである。「エビング」なんだから。
 斎藤光さんは、アメリカ文学者と同名異人である。面識がある。まあ井上章一さんの一派だから、渋谷知美の一派でもあって、よくこれだけ書いてくれたと思う。