自慢する中島義道

 『新潮45』に中島義道がまた「武勇談」を書いている。留学生たちと一緒に浅草のレストランへ行ったら、近くの二組のカップルがやたらうるさく、猥褻物さえ見せびらかしたのでウェイターに注意させ、遂に自ら出向いて「静かにしなさい!」と言ったら「なにおう、てめえ!」と殴りかかってきそうになったが、留学生たちが間に立ちはだかってくれた、という自慢話。そして彼らを「多国籍軍」などと呼んでいる。
 『僕は偏食人間』でも中島はこの手の自慢話を書いている。電車内で携帯電話で話している女子高生に注意して、駅員がやってくる騒ぎになり、女子高生が「あなたは誰にでもそうやって注意するんですか」と訊くと「そうです」と答え、最後は女子高生が「おじさん、面白い人なので連絡先教えてください」と言うという実に嫌味な自慢である。この本を読んで、私は中島のインチキぶりに気づいたのだが、読んだのは書評を頼まれて『文藝春秋』に書いたからである(2001年11月)。しかし内容をやわらかめにされたので、原文を中島に送った。そこでは、もし本当に誰にでも注意しているなら、今ごろ中島は男子高校生やヤンキーの男にぼこぼこにされているはずだと書いた。すると中島から返事が来て「気が向いたときには誰にでも注意する」という意味です、とふざけたことが書いてあった。今回も、「多国籍軍」が出てきてくれることが分かっているから、危ない男たちに文句が言えたのである。もちろん私とて、怖そうな男には注意したりしない。それなら「誰にでも注意する」などというのは嘘だと書いておけばいいではないか。
 前半でも、ぼおっとした学生を注意する話が出てきて、どうも中島は自分が変わった教師だと思わせたいらしいのだが、今日びの学生にはどうしようもないのがごろごろいるから、私だってこの程度のことは言っていて、学生から苦情が出たほどだ。叱られた学生は翌週出てこず、中島は「出てきたら褒めてやったのに」などと書いている。
 ところで中島は「喧嘩したあとで仲直りするのがうまい」と自慢している。こないだ私に『後悔と自責の哲学』を送ってきたが、開かずにブックオフ行きである。なのにその前の、私の悪口が書いてある『私の嫌いな10の人びと』は送ってこなかった。送ってきたらいい度胸だと褒めてやったのに(嘘)。
               (小谷野敦