孝明天皇毒殺説について

 私の最新刊『なぜ悪人を殺してはいけないのか』に、孝明天皇岩倉具視に毒殺された、と書いてある。しかし読者から、その説は既に否定されていると指摘を受け、原口清「孝明天皇は毒殺されたのか」(藤原彰他編『日本近代史の虚像と実像 1』大月書店、1990)を読んでみたら、確かに天然痘での急死らしく、佐々木克『幕末の天皇・明治の天皇』(講談社学術文庫オリジナル、2005)でも、佐々木は原口論文を読むまで毒殺説を信じていたが、「岩倉が毒殺を企てることなどあり得るわけがないだろう。毒殺説は史実を丁寧に検討しないで、憶測だけで作られた妄説である」と書いている。自分がかつて信じていた説についてここまで言わなくてもよかろうと思う。とはいえ、原口論文以後も、毒殺説は消えておらず、藤田覚『幕末の天皇』(講談社選書メチエ、1994)でもはっきり否定されていない。また私がこう書いたのは、文春新書『明治・大正・昭和史話のたね』(三代史研究会、2004)に毒殺説が書いてあるのを紹介した文章を読んだからで、どうもこの「三代史研究会」なるもの、メンバーが誰かも分からず、怪しい。
 ともかく、その箇所については、疑問ありとして訂正しておく。 (小谷野敦