答えなかったメールに

2002年7月27日、宝塚のマンションにいた時、ある読者からメールが来た。『片思いの発見』を読んでのもので、女性、かつ名前も名乗っていた。この本で私は、『<男の恋>の文学史』を、「やっぱり小谷野さんマッチョです」と言ったさる後輩女性のことを書き、電話で二時間ほど話したが、遂にどこがマッチョなのか分からなかった、そして「フェミニズム恋愛論」は片思いについて考えてこなかった、と書いた。
 その読者は、なにやら猛然と怒っていた。「なぜマッチョなのか教えてあげましょう」と居丈高である。その本の後半で私は、国木田独歩の最初の妻で、有島武郎の『或る女』のモデルだった佐々城信子を論じて「甘やかされたお嬢さん」だと書いた。その読者は言う。では志賀直哉の『暗夜行路』の主人公はどうですか、あれは甘やかされたお坊っちゃんじゃないですか、そうやって女は批判し男は見逃すからマッチョだと言われるんです、というようなことが書いてあった。
 しかし、私が「マッチョですよ」と言われたのは、『男の恋の文学史』についてなのだから、そちらを読んでから言わなければいけない、かつ、私は『男であることの困難』の中で、志賀を厳しく批判しているのである。前者についてはあちらの落ち度だが、後者については、教えてあげればよかった。
 しかし私は、かっとなって丸ごと削除してしまったのである。ちゃんと答えられたものを、失敗した、と後になって思った。だからここで答えておきたい。   (小谷野敦)