中野重治「四方の眺め」に呆れる

https://m.media-amazon.com/images/I/51xsdH9rfXL._SL75_.jpg

中野重治という作家は、私が高校生の時に死んだが、プロレタリア文学の作家ながら言葉について厳格な人で、世間が総理大臣のことを「総理」と呼ぶのはおかしい、それは文部大臣を「文部」と呼ぶようなものだと言っていた。当時私はなるほど、と思って感心していたのだが、のちに、韓国や中共では「国務院総理」ということを知って、あまりあてにならないなと思った。

 『四方の眺め』(新潮社、1970)は、1961年に書かれた随筆の集成だが、これを読んで呆れてしまった。当時、佐藤春夫吉川英治が一緒に文化勲章を貰ったのだが、中野は、通俗作家である吉川が佐藤と一緒に褒賞に与ることを「節度がない」として批判しているのである。何のことはない、大衆作家へのれっきとした差別である。当時平野謙は、それまで文学賞に恵まれなかった吉川が菊池寛賞をもらい、涙ながらのスピーチをしたことを書いて中野を掣肘したものだが、ほかにも、パステルナーク事件について芳賀檀の文章を批判しているが、これは内容については、日本ペンクラブ松岡洋子の専横がいけないのは明らかなので、ケチがつけにくいから文章にケチをつけたというところか。あるいは「台湾」とか「中華民国」とかいちいちカギカッコをつけて中共に媚びを売っているが、私は中野重治というのはこんな左翼根性にまみれた人だったかと呆れたものだが、当時はこういう知識人が多かったらしい。