吉野光の『棹歌』(2001)は美術史家・中島純司の自伝小説だが、東大美術史の教授連が出てくる。山根有三は山本、米沢嘉圃は米村、吉川逸治は吉澤など分かりやすい変名なのだが、助手の榊原だけが分からない。この榊原がひときわ奇行甚だしい。ところが辻惟雄の自伝『奇想の発見』を見ると、この助手榊原こそ辻惟雄その人であることが分かるのである。
 中島に書かれたから腹をくくって書いたのか。それにしても『棹歌』が出たころは辻は歳がいってから東大教授になりとっくに定年になっていたはずである。