佐藤春夫の『更生記』を読んだ。1929年に福岡日日新聞に連載されたもので、島田清次郎事件をモデルにしているという。しかし結構入り組んだ作で、大場という学生が、夜中に鉄道線路で横たわっている女を見つけて連れ帰る。大場には三十過ぎた時子という姉がいる。その女の正体が分からず、精神を病んでいるらしいので、大場は大学の精神病学者の猪股猪之介という助教授に相談し、探索を始める。
女は青野男爵家の令嬢で辰子といい、文士の浜地英三郎と七年前に醜聞事件を起こしていた。これが島田と舟木令嬢の事件である。辰子の父はその事件のあとで死に、今は兄が男爵を継いでいる。
猪股らは、浜地の世話をしていた文士の須藤初雄に話を聞きに行くのだが、これが佐藤春夫である。しかし、佐藤自身を脇の人物にしたために、だんだん猪股と須藤との区別がつかなくなっていく。さらに、辰子には浜地との醜聞のあと、結婚したのだが夫とはそりが合わず、生まれた子供の口に夫がハンカチを詰めて殺してしまったという過去があった。そのため、ハンカチを見るとヒステリーを起こすという。
つまり当時流行の探偵小説に、フロイトあたりを持ち込んだものだが、ごたごたした失敗作に終わっている。(筑摩書房現代日本文学大系)