宮田昇の『図書館に通う』(みすず書房)を読んでいる。宮田昇、あの『未来少年コナン』の原作を訳した内田庶である。『みすず』に連載されたもので、翻訳権エージェントとしての経験からくる思い出話や、公共図書館で百人以上が待っている東野圭吾の推理小説を借り出す話などがある。
だが、違和感がある。図書館の複本問題に寛大なのである。むしろ擁護している。庶民派の趣がある。その理由が今ひとつはっきりしない。庶民は新刊書を買うカネなどないのだと言いたいなら、そういえばいいのだが。
あとは、必要もないのに名前を隠すことで、それも調べるとすぐ分かる名前を隠す。2000年に迢空賞をとったN氏、というふうで、真鍋呉男だと分かる。出版社A社が、浜田糸衛と高良真木の本を再版しないという箇所は、批判しているからだろうが、理論社だとすぐ分かる。『ドクトル・ジバゴ』を最初に出した、反共を社是とする出版社、とあって、共同通信社だと分かる。田中融二が訳したノルウェーの作家の『リリアン』がさる出版社から出てわいせつ文書として摘発された、これも三笠書房である。ある人物について調べていて、信州のさる私塾について調べる必要があってうんぬん、と読んでいくと、小尾俊人について調べていたことが分かるのだが、それでも「調べていた人物」と書き続ける。
ネットが使えないわけではないらしいが、もやがかかっているような印象を受けるのである。『戦後翻訳風雲録』の、あの鮮やかさがない。