『消えたマンガ家』というシリーズものがあった。消えた藝能人とか、「あの人は今」といった企画もある。「消えた学者」については、あまり言われない。
学者は、よく消える。もっとも、大学院修士課程修了とか、博士課程に長くいたけれど、とかいう段階で消えてしまう人は、まあ一般企業に就職するか、女なら結婚したか、時には死んだかであろうが、著書を出すとか、東大で博士号をとるとかして消えた人もいる。
浅井香織(1961- )という人が、1989年『音楽の<現代>が始まったとき 第二帝政下の音楽家たち』というのを中公新書から出した。297ページと割合分厚いもので、中公新書では二年前に同年の佐伯順子さんが本を出して話題になっていたから、浅井は自分で持ち込んだらしい。私も買ったのだが、どういうものか遂に読む機会を得なかった。これでミュージックペンクラブ新人賞をとったらしい。91年には宮沢淳一と共訳を出しているし、94年ころまでは論文も書いていたが、その後どうなったか分からない。
織田元子(1947- )という英文学者は、美貌のフェミニストとして、島崎今日子のインタビュー集『女学者丁々発止!』(1990)にも登場していた。当時すでに43歳だったが美人だった。大阪樟蔭女子大学教授で、99年までに著書三冊を出しているが、その後論文は出ていたが、サイニイで見ると2003年が最後になっており、まだ65歳だが、大学もやめている。定年だったのだろうか。
利沢麻美(1964- )は、筑波大付属から東大へ来て、東大で私の下のクラスだった。割とかわいい子だったが、その後のことは知らずにいたら、国文科で『源氏物語』で博士号をとっていた。だがこれは著書にならず、その後どうなったのか分からない。結婚してしまったのであろうか。
たとえ論文を全然書かなくても、大学に勤務していると検索で出てくるので、消えたことにはならないが、まあ論文もエッセイも書かないような大学教授は、消えたも同然と言っていいだろう。
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ところで私の最近の本について、主題となっている人や関係者に取材しないのを責めるような文言を目にするが、まず第一に、これまで多くの人から取材を受けている人が、個人的関係もないのに私が取材したからといって秘話を披歴するなどということはありえない。また、たいていは取材は断られる。先日も、昔のあまり知られていない作家の遺族を発見して電話をかけたが、その息子さんは、意味が理解できないらしく、私がちゃんと説明しているのに、「あんた、どなたさんですか?」と言った。
まあそれに私はルポライターではないので取材技術というのはない。それに、仮に話が聞けたとして、「でもこれは書かないでくださいよ」と言われたら大変困る。