ここは丸の内なのだぞ!

 直木賞の歴史に泥を塗った、とは言うまい。過去の直木賞受賞作にも首をかしげるのはあるし、乙川優三郎『生きる』のように、継嗣もないのに武士が「隠居」したり、年代はきっちり書いてあるのに、将軍家光の死と重臣たちの殉死が無視されているなどというのもあるのだから。しかし直木賞史上最低の作の一つであるのは間違いない桜庭一樹『私の男』の冒頭で、ヒロインが結婚しようとしている男が、夜、路上で喫煙する男を見て「ここは丸の内なのだぞ!」と驚く場面がある。路上喫煙は禁止のはずだというのだ。
 もちろん、この喫煙する男が、本作の主人公で、このおバカな台詞を吐く奴は愚かな奴として造形されているのだから、いいのか、と思った。それにしても、いくら路上喫煙禁止だって、夜になってまで本気で驚く奴がいるか、という違和感は残った。
 さて、桜庭の『赤朽葉家の伝説』を読んで、どうやら桜庭というのは、××ではないかと思った。もしかしたら、夜の丸の内で喫煙するのが、背徳的な行為だとでも本気で信じているのではなかろうか。私なんか夜はおろか昼間だってやっている。いずれにせよ、主人公が最初に登場する場面として、稚拙であるのは否めない。
 そう思うと、和服姿で本の宣伝をしながら、実名も出身大学も隠蔽するというやり方も、何か姑息で嫌である。
 しょせんはラノベ出身、というのではない。『赤朽葉家』なんて、漫画によくありそうな筋立てで、さすがに文章は、森見登美彦古川日出男よりはましだが、ラノベ作家の力量の域を出ていない。ラノベラノベとして評価すればよいのであって、『デスノート』が漫画として傑作でも、あれは小説にしたらおかしいのである。
 あまり今までちゃんとチェックしていなかったのだが、『メッタ斬り』の二人が、この愚劣なる『私の男』を称賛しているところを見ると、どうもこいつらには任せておけない、という気がしたのは確かである。 
 (小谷野敦

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図書館の帰りに自転車に載っていたら、前を二人の中学生の男子らしいのが歩いていたから、ちりんちりんと鳴らして追い越したら、むかつきでもしたのかあとから走って追いかけてきた。やっぱりもっと怖い外見が欲しい。