夏目漱石賞

 学生時代、個人塾で教えていた高校生が、
 「ねえ先生、芥川龍之介夏目漱石とどっちが偉いの? 芥川でしょう、だって芥川賞ってのはあるけど夏目賞ってのはないでしょ」
 と言ったのだが、これは別に本気で言ったのではなく冗談である。彼は秋庭太郎が大伯父だと言っていた。太郎だから長男だろうし、彼の姓は秋庭だったから、弟の孫ということになるだろう。けっこう太郎からかわいがられていたようだ。今では40くらいになっているだろうが、どうしているやら。
 ところで、夏目漱石賞というのが実はあったことが分かった。昭和22年に一回だけ、応募型新人賞として創設されたようで、『夏目漱石賞当選作品集 第一回』という本がある。四人分載っているが、編者は夏目伸六、桜菊書院から刊行で、まだ現物は見ていない。
 その中に、「春日迪彦」の「フライブルグの宿」というのがある。これは、大倉喜八郎の妾腹の子である大倉雄二の『逆光家族』によると、工学博士で東工大教授になった桶谷繁雄のことだという。
 桶谷は文人肌で、芳賀檀が『新潮』で、東大教授になれなかった恨みつらみを書いた時、翌月号で「芳賀檀への友情のために」を載せて、もうやめてくれ、と書いた人である。しかし小説集は遂に出さなかったようだ。
 最近、武田勝彦と一緒に書いている田中康子というのは何者かと思っていたら、保坂幸治の孫娘だということが分かった。
 (小谷野敦