「素人」の二重規準

 今年から朝日新聞をやめたので、さばさばしている。一日遅れで北海道新聞が届くが、これから見ると在京の新聞はみんなおかしく見えるくらいだ。
 しかし、実家へ帰ると朝日なので、つい見てしまう。「朝まで生テレビ」のプロデューサーが死んだので、その記者による追悼文を読んでいたら、この人が一度だけ声を荒らげたことがある、それは会場参加の視聴者を論客の一人がやりこめた時に、素人相手に、と言ったというのだ。おかしな話で、あとでそんなことを言うなら、素人になど発言させなければいいのだ。朝生など十年くらい前に見なくなってしまったが、あの会場の視聴者の発言というのはたいていバカである。
 私も時おり「素人相手に」などと言われるのだが、たとえばアマや大学相撲の力士が大相撲の部屋へやってきて、関取相手に「稽古をつけてください」と言ったら、つけるかもしれない。しかし「ガチンコで相撲とってください」と言われたら、まず断るだろう。それでも諦めず、ぐわーっとアマが突っかかっていったら、関取はすぱーんといなしておいて、そいつは失礼な奴だというのでつまみ出されるだろう。
 私につっかかってくる奴というのも、ごく稀に「稽古をつけてください」式の者がいるが、たいていはこの、ぐわーっと突っかかってくる口である。それでさすがに当人は言わないが、「素人相手に」などと言う者がいる。かといって無視すれば「論破された」などと言う奴がいる。まるで二重規準である。そのくせ実名は明かさずに、こちらは一介の市井の人間だの何だのと見苦しい言い訳をするのだ。それなら黙っていればいいのだ。ものを言うのは言いたいが実名を出して責任をとるのは嫌だなどという虫のいい話が罷り通るのは困るね。まあ、朝生に出演すること自体、愚かなことではあるのだが。 (小谷野敦