『諸君!』一月号に、林道義が、東京女子大を定年退職したのに名誉教授にされなかったという告発文を載せている。まあフェミニスト連の陰謀だろうということはすぐ予想できるが、その理由を質された学部長は、始めは、二十年前の哲学科紛争が理由だ、と言ったという。「二年間、哲学科は学生募集をできなくなった」と言う。林はこの事件について、「一九八○年代に私が二人の哲学科クリスチャン教授の不正を告発し、それを時の隅谷三喜男学長と宮川実学部長をはじめとする文理学部教授会がもみ消してしまった事件である。それを理由に持ち出すということは、その事件の「悪者」が私だと主張しているに等しい。見方がまるで逆さまであり、事はきわめて重大になってくる」と書いている。
ところで林道義は、この事件の経緯を一冊の本『日本的な、あまりに日本的な』(三一書房、1992)に書いているのだが、不思議と「この事件の詳細については、・・・を参照されたい」のようなことが書いていない。私はこの本を読んだことがあるのだが、これは妙な本だった。確かに、林が二人の教授と争っているのは分かる。だが、肝心かなめのその発端が分からないのである。途中、ユング心理学を用いた分析がやたらと出てくるが、どちらが「悪者」か、といえば、読者として最も知りたいのは、その発端である。たとえば私の場合、阪大へ就任してその歓迎会の二次会でいきなり酒乱男にからまれたのが発端である。しかし、林著には、学科内に対立があった、と書かれているだけで、なぜ対立したのか書かれていないから、これを読んでも、林が善玉で敵が悪者である、という心証を得られないのである。ただ、突然読者は「対立」を突きつけられ、それが泥沼化していくのを読ませられるだけである。ホームページで盛んに発言している林先生、ぜひその「発端」を聞かせてください。
付記:回答が得られた。
http://www007.upp.so-net.ne.jp/rindou/kokuhatsu.html
なお『諸君!』同号には、新田次郎と藤原ていの息子にして『若き数学者のアメリカ』の藤原正彦・お茶の水女子大教授が「神武天皇以来、百二十五代にわたり連綿と維持されてきた万世一系が」などと書いている。神武天皇などというものが本当にいたと思っているのだろうかこの数学者は。これぞ土人部落の酋長なり。 (小谷野敦)