http://banyahaiku.at.webry.info/201506/article_13.html
 「すぐれた俳句の翻訳はその国の言語に革命を起こす」ってそれは誰の学説であろうか。そういうことを言っている言語学者がいるのだろうか。いるなら論文をあげてほしい。
 夏石番矢の俳句が良かったのは80年代のことである。90年代の『巨木巨石学』とか『地球巡礼』になるともう弛緩して、普通の俳句でしかなくなり、2006年の『右目の白夜』とそのあとの『空飛ぶ法王』になるともう弛緩どころではなく、ネット上で言い合いをして「私は教授だぞ」と言い出すとか、『右目の白夜』で「教授が教授を手術する」と詠むとか見るに耐えない俗物に堕落したのである。