音楽には物語がある(53)ファンクラブの謎 「中央公論」5月号

 サントラ盤と同じくらい謎な存在なのが、「ファンクラブ」である。私は中学三年の時、竹下景子さんのファンになり、ファンクラブへ入ろうと思い、官製はがきに「入会希望」と書いただけで送ったが、返信用封筒も入っていないはがきだから、何の返事も来ず、それきりになった。もっとも当時の私の小遣いで会費が払えたとも思えない。

 私が本当にファンクラブに入ったのは、鮫島有美子仲道郁代という、クラシックの女性演奏家のもので、仲道さんのほうはすぐやめてしまったが、鮫島さんのほうは七年くらい会員で、毎月会報が送られてきて、鮫島さんのサインが入った年賀状も来た。

 しかし、結局それだけである。コンサートのチケットがとりづらいくらい人気のある藝能人のファンクラブなら、チケット優先取得ができるからファンクラブに入る意味もありそうだが、そうなると今度はファンクラブの会員数がやたら増えてしまうだけじゃないかと思うが、私が入ったのはそういう藝能人ではなかったから、はて、これは何のために入っているんだろうという感じは最終的にはあって、何のことはない、「自分は×××のファンクラブに入っている」という自己満足のために入っているようなものでしかない。むしろ今の「投げ銭」とかのほうが、有益な感じがする。

 もちろん、囲む会みたいなのが開催されて、ファンクラブ会員はその偶像と会えるという機会も提供される。実際、私は仲道郁代さんを囲む会には行ったことがあって、2000年くらいのことだったが、表参道あたりの瀟洒なフランス料理店を借り切っての会で、長テーブルが二つ並んでいて、私は割り当てられた窓際の席に座り、周囲には同年配の男が二人くらいいた。あとは、ピアノを習っている女の子を連れたお母さんが多い感じだった。

 当時私は最初の結婚をしていたが、まだ30代で、一人一人が何か発言させられる中で、ちょっと変なスピーチをしてしまった。最後に、解散になって、一人一人出口に立っている仲道さんと握手をして、サインをもらえるといったことになり、小さい女の子たちが先に出て行った。その時、前にいた二人の男が、見知らぬ同士で会話を始めた。どうやら二人は「女性演奏家オタク」らしく、別の女性ピアニストの会へ行ったらサインをもらえたがそれはどうたらこうたら、と話を始めた。それを聞いていて、私は嫌な気分になり、自分もはた目には彼らと似たように見えているんだろうと思った。

 カラヤンにしてからそうだから女に限ったことではないが、クラシックの演奏家が容姿のために人気があった時代があり、しかしもちろんそれは不純な部分もあって、ファンクラブへ入ることで私はその不純さを直視してしまったようなところがある。それもあって、私は仲道郁代ファンクラブはわりあいすぐにやめてしまった。しかし先日YouTubeで、仲道さんが亀井聖矢、吉見友貴という若手のピアニストに、ベートーヴェンピアノ曲についてレッスンをする「マスタークラス」というのを観て、仲道さんが教えるのがうまいのに感心するとともに、それは観客に見せるためのものでもあるから演技的な部分もあるのだから、演者としての才能もある人なんだなと改めて感心した次第である。

 ところで「日本モーツァルト協会」とか「フォーレ協会」というのがあるが(私は「フォレ」が正しいと思うが)、私はプロコフィエフの三番ピアノ協奏曲があまりに好きで、日本プロコフィエフ協会に入ろうと思ったが、それは存在しなかった。