知らないことは訊けない

私が修士論文を書いた時(1989年)、私はコピー室へ行って、オートシートフィーダを知らなかったため、一枚一枚コピーしていた。半分ほどやったところで事務の人がきて、オートシートフィーダを教えてくれ、「あらー杉田さん(助手)に訊けばよかったのに」と言われたのだが、知らないことは訊けない。あとから男の人も来て同じことを言うから泣きたくなった。

 「そういうものがある」ということは知らないと質問できないのである。この論理は頑強で、「分からないことがあったら何でも質問してください」ということを言う人は、こういうものがあるということを知らないと質問できないし、逆に知っていれば質問しないでも検索すれば済むという現代の逆説に気づいていないのである。

 それから20年以上たち、父が60歳を過ぎて、時どきぼうっとして口をパクパクさせる、と母が言いだした時も、医者に話しても分からず、慶応病院へ連れて言ったらすぐ老人性てんかんだと分かった。それから十年ほどして、週刊誌に「老人性てんかん」の記述があるのを見たら、その時の父の症状にぴったりだった。母はもう死んでいたから、悔しかった。

 「存在することを知らない人にそれを教える」というコンピューターは、いずれできるのだろうか。