アンジェリカの謎

 日曜の夜、大河ドラマのあと、NHK−BSプレミアムで『そこをなんとか2』を観ている。本仮屋ユイカが弁護士をやるドラマで、先輩弁護士の市川猿之助がかっこよく、ユイカの演じる改世楽子は猿之助が好きらしい。弁護士ものドラマにありがちな、法廷で熱弁を振るうとかいきなり犯人当てが始まるとか、ありえない展開がなくリアルで良い。まあ無煙なのは不快だが。原作は麻生みことの漫画。
 私は「1」が放送されていたのを知らなかったので、DVDを借りて観てみた。楽子は父が借金を抱えて失踪、母が一人で楽子と弟を育て、貧しい中楽子はアルバイトをしながら大学とロースクールへ行き、キャバ嬢をしながら弁護士になった。最初は、東南アジアなどから来た女の子たちと共同生活をしていたのだが、第三話で、その一人の友人でフィリピン人のアンジェリカが、キャバ嬢をしていて日本人の妻のある男と深い仲になって妊娠してしまい、楽子らは胎児認知を求める(2008年の作品で、この直後、胎児認知でなく出産後認知でも子供は日本国籍を取得できると法改正された、ということが原作では記されており、ドラマは2012年なのでそこのところはない)のだが正妻との争いが起きる。最後はハッピーエンド、ドラマ版では正妻役の秋野暢子が、最初は嫌な奴と思わせておいて実はいい人だったという展開で秋野、迫真の演技を見せた。
 しかし。アンジェリカの両親はアンジェリカが三歳の時日本に出稼ぎに来て、のち不法残留で強制送還されるが、アンジェリカは日本で看護学校へ通って看護婦になっている。アンジェリカは日本語しか話せない、とドラマ中で言っている。ならなぜ帰化しないのか?
 原作はもちろん弁護士(多分。片瀬小波となっている)の監修がついている。だが、帰化はなになにのためにできなくて、という説明が、原作ドラマともにない。まああともう一つ「避妊」はしたのか、というのがあるのだが、もうこれは「お話」の定番である。
 私はまずNHKに問い合わせてみた。すると、

アンジェリカの両親は出稼ぎで日本に入国し、その後ビザ更新を怠って(しくじって)オーバーステイ状態になりました。日本で生まれた娘・アンジェリカは小学校から高校と進学し、看護学校に入学。そこで両親は一念発起して在留特別許可を申請するも却下され強制退去処分を受けました。
アンジェリカは在学中・入寮中であることを考慮され、留学の名目で在留許可を得たという設定です。
つまり単なる留学生ですので、帰化申請をしても認められる可能性は少なく、元が不法滞在なのでさらに不利な状況と思われます。

 すでに看護婦になってるんだから、正規の就労者で、日本語が母語、これで帰化が認められないとは思えない。さらに追及すると、

担当より追加の回答をいただきましたのでお送りします。
アンジェリカは、日本で生まれ育っていますが、両親は日本国籍ではなくフィリピン国籍であり、アンジェリカが看護学校に入学した年に、不法残留で本国に強制退去させられています。
アンジェリカは留学ビザで日本に滞在していましたが、ビザの更新を怠り、現在は、不法残留の状態ですので、帰化の申請をしても認められません。
なお、ドラマでは、描かれておりませんが、アンジェリカが、もし日本男性と結婚した場合には、
必要とされる条件を満たせば、帰化が認められることもあると思います。

ビザの更新を怠るとか、そんなだらしない女なのか。
 版元の白泉社にも問い合わせたが、2008年の作品で(なおこれ以後、胎児認知でなく出産後認知でも子供は日本国籍を取得できると法改正された、ということが原作では記されており、ドラマは2012年なのでそこのところはない)担当が古いので調べて返事すると言ったのが昨日。返事はない。
 だいたい、東南アジアからの出稼ぎ(おもに水商売)が日本の男と偽装結婚するとかいう話は、カタコトの日本語しか話せず、本国へ送金していていずれは本国へ帰るという話の場合で、アンジェリカのような真面目なケースでは、刑事罰でも受けていない限り、帰化が認められないというのは考えにくい。だが帰化していると、話自体が成り立たない。そこで「帰化」の二文字には目をつぶってお話化したというのが真相ではないのか。
 DVDはもう返してしまったので「不法残留」だったかどうか確認できないが、そういう台詞は記憶にないし、だいたい帰化申請が認められる率は99パーセントと言われている。こういうドラマが、日本は容易に帰化を認めない国だという誤った印象を与えるのはいかんね。ネットで検索すると、在日韓国人が、帰化は困難だと盛んに宣伝していると在特会あたりが言っていて、このまま行くと、左翼NHKがなんちゃらという話になりかねないと思った。
なおらっこちゃん、この回では原作から、内容証明郵便は家族でも受け取れるという私でも知っていることを知らないという無能ぶりを発揮している。そんな弁護士おるんかい。
小谷野敦