昔の剽窃事件

 佐藤信夫(1912年‐?)という日本近代文学研究者がいた。経歴は、

山口県下関生まれ。1936年京城帝国大学文学部国文科卒。北九州大学教授。
著書は、
『戦争と女性』西村書店、1940
現代文学原論』東出版 1963
『日本近代文学状況論 「挫折と反骨」の文学』桜楓社 1969
 の三点が確認できる。最初のものは戦意高揚の本で、当時の職は不明。第二のものは文学原論めいたもので、結構左翼的である。第三のものは、第二のものに個別論文をつけたしたものである。
 ところが第三の書が出ると、『日本文学』1970-02に塚越和夫の「佐藤信夫氏に抗議する--同氏著「日本近代文学状況論」中の剽窃に関して」が載った。佐藤が、荷風の「夢の女」を論じた四ページほどが、塚越の論文とほぼ同じだったというのである。佐藤は著書を『日本文学』を出している日本文学協会の会員だったから寄贈し、協会が塚越に書評を依頼したら、塚越が見つけてしまったというわけ。
これは対照がされていて、塚越の書き間違いもそのまま転記されていた。

さらに『日本文学』の次の3月号に、坂本育雄の「佐藤信夫氏にひとこと」が載る。これは佐藤の「子とその父--広津和郎と柳浪」(『日本文学』1967-12)が出た時に、坂本の論文とそっくりな個所がある、と坂本が日文協宛に抗議文を送り、日文協は佐藤に転送したが何も返事がなかったというもので、日文協では塚越の指摘があったため、改めて坂本に執筆を依頼したというものだ。こちらは塚越のものほど歴然と似てはいない。
 しかし佐藤信夫は、それっきり何の論文も著書も出さなくなる。北九州大学を定年まで勤めたかどうかも分からないが、没年も不明である。