「ちょろけん」と佐伯義郎

 『広辞苑』に載っている「ちょろけん」の項目は、その挿絵で知られている。異様な風体の大きなかぶりものに、介添えのような細い男が脇についている。江戸時代に京都地方に現れたものもらいで「ちょろが参じました」と言って歩いたとある。私も小学生のころ、『広辞苑』で見つけて楽しんだものだ。
 『日本国語大辞典』で見ると、これとは違った、福禄寿のかぶりものの、ずっとましな感じの、その分面白くない挿絵がついており、京阪地方に出て明治以後すたれたとあり、出典もある。「ちょろけん」は「長老君」で福禄寿のことだという。『江馬務著作集』第一巻にはそうあって、享保頃に出たとしている。
 だが『広辞苑』のちょろけんの絵は、いかにも明治時代のものだ。これを描いたのは、佐伯義郎(佐藤義郎、1918-79)だろう。
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 この人は佐伯家に生まれて佐藤家へ養子にいき、のち養父母に子供が生まれたため佐伯姓に戻っている。そのため『広辞苑』初版では佐藤義郎、第二版以降は佐伯義郎になっている。残念ながらここには「ちょろけん」の絵はないが、あれはどうも何かの絵を下敷きにして描いたらしく思われる。