SFは「新しい」のか?

 川口則弘さんの『直木賞物語』(バジリコ)が届き、真ん中へんから読んでいたら、半村良がSFで受賞できず、外野から「新しいものを理解できないのは古い人間だから石川達三のように選考委員を辞めるべきだ」という声があったと書いてあった。
 まあ直木賞おなじみの話だが、果たして「SF」というのは「新しい」のであろうか。古典文学を見ると、むしろそっちのほうがSF的だというのは、文学について知る者には常識であろう。まあ近代科学を用いているかどうかは別として、奈良時代役行者が後代に出現したりする。つまり近代小説というのは、そういうのを否定してできたリアリズム小説なので、そっちのほうが新しいのである。
 講談社文庫に『ポオのSF』というのがあって、あれに「メッツェルの将棋さし」が入っていたかどうか忘れたが、機械が人間と将棋をするという趣向で、最後は、機械の中に人間がいた、という暴露がある。だが今では機械は将棋で人間に勝つわけで、これはまあサイエンスの否定である。