澁澤龍彦と小島信夫

澁澤龍彦全集』別巻2に「大江健三郎の文学」という座談会が入っている。1959年だから、まだ大江が『われらの時代』を出す前で、出席者は江藤淳篠田一士、澁澤なのだが、これがかなりひどい。澁澤が、嫉妬もあるのか大江を散々に貶している。江藤が一番大江を擁護しているのだが、これがなかったら大江批判会みたいである。大江を、幼児性とか童貞とか呼んでいて、篠田に至っては、長篇を書かなきゃダメだ、短編なんか論じてもしょうがないと言いだす。いざ小説を書いたら碌なものが書けなかった、西洋小ネタ紹介の澁澤が偉そうにと思うばかりである。
 篠田と澁澤は、大江の呪いか、五十代で死んでしまった。それにしても、『芽むしり仔撃ち』がここでも褒められていて、私にはそれがよく分からないのである。 
 この最後に、小島信夫の連載『島』について、なぜ誰も批判しないのかという話が出ている。江藤は、のち小島の『抱擁家族』を絶賛するのだが、71年のエッセイ「私の知っている小島さん」(『夜の紅茶』所収)で、一緒に新聞の書評委員をしていた時、女流作家の、大逆事件を扱った小説を、左翼系の委員が推したら、小島がたけり狂って、あんなもののどこがいいのかと言い、書評に出なかったと書いている。これは瀬戸内晴美が菅野スガを描いた『遠い声』(1970)のことであろう。全然、悪い小説ではない。
 私は小島について、「隠れ右翼」ではないかとかねて疑っている。文藝賞桐山襲の『パルチザン伝説』を退けた時の、右翼の脅迫などがあったら困る、と書いていたのからして嫌な感じだったのだが、そうではなくて、小島自身が、よほどの左翼嫌いであったのだろうと思うほかないのである。で、小島が作家としては優れていたか、というと、それすら私は疑わしく思い始めている。