高校一年生の時である。現代国語の授業で、生徒の一人が教科書を読み上げていて、「早速」が読めなくなった。教師は「そうそう」だと指示した。幾人かの生徒が、はあ? という疑念のつぶやきを発した。私もその一人である。教師は慌てて、辞書でも引いたのか、朗読が終わると、「さっきのは「そうそく」ですね。「速」に「そう」という読みはありません」と威厳をとりつくろって言った。再び生徒の間に「さっそくじゃないか」という、ささやきが聞かれた。教師は、ついにそれについては何も言わなかった。
――
 阪大へ赴任してほどなく、比較文学会関西支部例会へ行った。六十歳くらいの男が、何か発表したが、「柿衛文庫」を「兵庫県伊丹市のかきえぶんこ」と言った。発表が終わると、別の七十くらいの男が、「かきもりぶんこ」だと訂正した。しかし彼はさらに「伊丹市兵庫県じゃないですね、大阪府ですね」と言った。Sさんが、えっと言って驚いた。だが、それはそのままになった。