昔はすごかった。

 村田宏雄(1919-2002、東洋大教授、社会心理学)の、『SEXテスト あなたにマッチする異性』(六興出版部、1959)という本がある。まあ恋愛指南書である。これに「あなたはなぜ恋人が持てないか」という項目がある。当時は、男女の出会いの場が広がればみなが恋人ができるという議論が一般的だった。だが恋人がもてない男女はいる、なぜか、不思議だ、という。

 もっとも、この不思議をたちまち解く明快な解答も、考えられる。つまり、恋人や異性の相手のない人は、もてぬ男女だからという答で、割り切ってしまうわけである。だが、この解答は、一見明快であるようだが、その実、真の原因を診断しているものではない。

 ちょっと「診断」という語の使い方が変だが、

 もてぬということは、魅力のないことである。だが魅力というものは、時、所、人によって随分差のある主観的なものに過ぎない。(略、平安時代や江戸時代の美人も現代では美人ではない)おまけに異性の魅力には、不思議な働きがある。それは恋愛の場合、恋する人の心に働く投射の機制である。つまり、相手に実際そんな魅力がなくても、恋人に、自分が魅力と常日頃感じているものがあるように、現実の恋人を曲げて見る心の働きである。

 とるる述べて、

 魅力がないと他人にいわれたところで、身近かに数多くの異性がいれば、それは恋人や異性の友人を得られないという嘆きの回答にならないということがわかった。

 とくるのである。わかってないよ。こういう無茶苦茶な前提の上で、いかに異性に対してよろしくふるまうか説教するのだからたまったものではない。
 別のところでは、

 今日恋愛の盛んな我が国の若い男女の間では、デートの際、いろいろの形のネッキング、ペッティングが行なわれている。余程もてない男女でもない限り、異性の友人とデートの経験のない世代というものはない筈だ。

 また「世代」の使い方が変である。
 当時著者は40歳だが、果たして本気でこんなことを考えていたのか、ないし、自分の頃つまり戦前はそうでもなかったが今はそうだ、とでも思っていたのであろうか。
小谷野敦)