音楽には物語がある(16)国民歌手・中島みゆき(2) 中央公論2020年2月

 

 前回、桜田淳子が歌った中島みゆき作の「しあわせ芝居」について、主体が男だと成り立たないと書いたら、なぜかという疑問をいただいたので説明しておく。これは、恋人関係にある男がいるという女が、気づいたら、いつも電話をしたり連絡をとるのは自分のほうからだ、と分かり、憂愁に沈むという歌である。 

 だが男なら、もしセックスしているなら、別に連絡するのが自分のほうであってもさほど意には介さないだろうし、まだしていないのであれば、してもらえる日を待つということになり、憂愁に沈むことはないだろう。女の場合、それが逆になる。もっともこういう感覚が古くて、今では男でもこういうことで沈んだりするのだろうか。

 初期の「狼になりたい」は、中島みゆきが珍しく男ごころを歌ったものだが、夜明け間近の吉野屋でおそらくバイト明けの不規則な食事をとる、おそらく高卒でコンビニか何かの店員をしているのだろう、女にももてない冴えない男に「ただ一度でいいから狼になりたい」という心の叫びを叫ばせている。のち、男女問わず弱者の味方的な社会派になっていく萌芽が見えるとも言えるが、今なら「狼になんかならなくていい」とも言われそうだ。

 さて中島みゆきは、一九七九年からラジオの「オールナイトニッポン」のディスクジョッキーを務めていたが、ラジオ文化に接しなかった私は聴いたことがなかった。しかしその中島が歌の色調からは意外なまでに陽気で明るいということは、それから数年して、岩波書店の雑誌『へるめす』に載った評論でさえ触れられるようになっていた(藤井貞和「歌の力と巫の力」『へるめす』第五号、一九八五年十二月)。

 私はそれからしばらく中島みゆきは聴かなかったが、久しぶりにCDを買ったのが、大阪へ赴任するころで、「最後の女神」「時代」のカップリングされたシングルであった。九○年代に入ってから中島みゆきは、映画やテレビドラマの主題歌も作るようになっていたが、「最後の女神」はTBSの『筑紫哲也 NEWS23』のエンディングテーマだった。そのせいか、内容がやや分かりにくく、「最後のロケット」などSF的で、セカイ系とも思わせ、「天使たち」なども登場する。何となく面白く思った。

 これと踵を接して出たのが、安達祐実主演で、「同情するなら金をくれ」のセリフで話題になったテレビドラマ「家なき子」のエンディング歌になった「空と君のあいだに」である。私はその後で放送された安達祐実主演の美内すずえ原作「ガラスの仮面」は観たが、「家なき子」は観ていない。ついでに言うと「ガラスの仮面」のエンディング歌「ポーラスター」という、春原佑紀が歌った歌が、歌詞の日本語が少し変だが今でも好きである。さて「空と君のあいだに」は、家なき少女が連れている犬の視点の歌とされている。「君が笑ってくれるなら、僕は悪にでもなる」という「僕」が犬なのだ。今世紀に入ってから、ウルトラマンの歌詞などに「愛する人を守るために戦う」的なものが見られるようになったのだが、私はこういう歌詞が嫌いで、自分を守るために戦うのはいけないことのように感じられるからで、それは「国家非武装、されどわれ愛する者のために戦わん」(野坂昭如)みたいなインチキさが感じられる。