http://www.kyobunsha.com/new.html
 牧野十寸穂(ますほ)というのは七十歳くらいの女性である。
 しかしこれ、文章が変である。國文學雑誌なだけにまずいのではないか。
 「マリヤ・カラス」という表記も必然性が分からないが、
 「然として」とか。
「すべての人は、国家に関して、毅然と対応しているものです」そうか?
「自分のアイデンティティの向こうに、国家を幻視している」意味不明。
「国家=ネーション」国家はステートで、ネーションは国民では?
「深く親身に、その作家をずーっとみてきた各論者が迫ります」…。
「作家のうちなる国家」何のことでしょうか…。
「妙な言い方をすれば、無数の個人のなかに無数の国家がある、それが国家たるゆえんだということです」妙は妙だが、個人の数は無数ではない。日本なら一億三千万で、これは「無数」であろうか。
「国家をなんとなく考えたくなる時は、悩んでいる時ですから、映画を見ることをお勧めします」そ、そうなのか…?
 まあ、ポモとか正義・政治派の国文学者もけっこう変な文章を書くけれど、これはそれとは違う気がする。