重言 

 こないだたまたまサイニイの論文で、工藤力男(1938- 成城大名誉教授)の重言の論文を見つけた。「過半数を超える」はおかしいというのである。「被害をこうむる」「在庫がある」「犯罪を犯す」も重言であると書いてあって、これは面白いと思った。「被害に遭う」「在庫している」「罪を犯す」でいいわけだ。なお「博打を打つ」も「打つ」が重なっている。
 それで工藤のそういうエッセイを集めた『かなしき日本語』(笠間書院、2009)を買って読んでいた。もっともたいていはサイニイで読めるのである。四股名が近頃おかしいとか、「海」と書いて「まりん」と読むとかの珍名の話とかで、うーんまあ「過半数」ほど面白くはない。
 ところが中に「今上天皇」が出てきた。これは重言である、と私は指摘したことがある。「今上」だけで「今の天皇」の意味なのであって、これは『文学』の2004年に書いたから、工藤先生見落としたかな。それに「NHKのハングル講座で」などとあったが、これも、番組名とはいえ、一言「ハングル語講座とか珍妙な番組名の朝鮮語講座」くらいにしたらどうか、と思った。
 まあ、右翼の人たちは、私が「今上天皇」は重言だと指摘してから「今上陛下」と言うことが多くなったが、「今の天皇」とは書きにくかったのであろうか。