江戸三座

 江戸三座は、中村座市村座森田座守田座)である。控え櫓として河原崎座などがある。
 それぞれの座元が、中村勘三郎市村羽左衛門、森田(守田)勘弥である。明治以後も長く残っていたのが市村座で、森田座は宮戸座になり、座元名も特に劇場とは関係なくなった。坂東という姓は市村座守田座の双方と関係している。
この座元名のうち、守田勘弥は、今の玉三郎の養父が1975年に没してから、継ぐ者がなく今日に至っている。羽左衛門は、名優15代目が敗戦少し前に死に、16代目が継いだがほどなく死に、17代目が継いで、2001年に没した。勘三郎名は、明治初期以後、先代が1950年に継ぐまで、はっきりと名乗った者がなかった。
 2001年に羽左衛門が死んでから、05年に勘三郎が襲名するまで、江戸三座の座元名は空白だったのだが、このたび再び空白になった。守田勘弥の名がどうなるのか分からないが、羽左衛門は11年空白で、これはどうするか、実子の坂東彦三郎市村萬次郎がだめ過ぎて襲名できずにいる。