本間長世が死んだ。私は教わったことはないのだが、夫人はサントリー学芸賞もとったエッセイストの本間千枝子で、かなりの美人だった。西部先生はこの夫人の書いたものを褒めていたが、美人だったからじゃないかなあと思う。
千枝子さんは、米国留学中に長世と知り合って結婚したのだが、そのことをエッセイに書いていて、微妙な表現ながら、恋愛下手な同士で結婚した、などと書いていたが、長世は秀才だし千枝子は絶世の美人だから(『アメリカの食卓』に50近い写真が載っているがそれでも絶世の美女である)、「嘘、つけえ」と思ったことがある。その割に嫉妬心がわかなかったのは、当時既に50を超えていたからだろう。
私が駒場の大学院へ入ったころ教養学部長だったが、89年総長選に出て、有馬朗人と決戦投票になり、それでも同数だったためくじ引きで有馬が選ばれて、話題になったものだ。
その数日後、私は井の頭線の車内で、座っている本間を見たが、なんか口をあけていて、大丈夫かなと思ったものだが、半分寝ていたのかも。
芳賀先生とかがこのことを話題にしていて、「本間さんはいまどういう気持ちかねえ」「まあ、満悦感だろうね」などと言っていた。負けても、同数票を得たということで満悦感なのか、と思ったものだ。