有馬頼義とドイル

 有馬頼義に「死者の声ーある盗作未遂事件」という短編がある。『別冊文藝春秋』1960年春(3月)掲載で、単行本には入っていないかもしれない。副題がなんだなんだと思わせるので読んでみた。私小説仕立てで、有馬が、昔読んだ小説ーホラーものーの、筋は覚えているのだが誰の作か分からない。アメリカの小説だと記憶しているが、ある男が自動車を運転して家へ帰る途次、だんだんスピードが出てくるのを、ふと、このままブレーキをかけずに家まで行ってみようと思いつく。どんどん速度は上がり(絶対にまねをしてはいけません)、家の門にほぼ激突する。助け起こしてくれる男がいて、見ると、もう死んだはずの男だった。
 というもので、有馬は何か雑誌で読んだはずだからと、編集者に探してもらうが見つからない。編集者は、それ、有馬先生の作として書いちゃってくださいよと言う。それはまずいよと有馬が言うと、編集者が、有馬が読んだであろう推理雑誌などを片っ端から調べて、とうとう見つけ出す。コナン・ドイルの短編だった、というもの。
昭和三年三月号『新青年』に「その夜」と題して、田中早苗の訳で載っていた。そして冒頭には、降霊術によって死者の話を聞いたという前おきがあった。これは『ドイル傑作選』(翔泳社)では「いかにしてそれは起こったか」の題で入っている。
小谷野敦