私が『バカのための読書術』で、岩井克人の『貨幣論』に、『資本論』の冒頭部分は多くの人が暗記している、と書いてあったのを、そんな人どこにいるのだ、と書いた時のことである。高橋源一郎氏と対談したら、そこについて、1968年頃はみな暗記していたんですよと教えられて、あとで追記した。
それと似たようなことがもう一つあって、1980年頃、高校生だった私は音楽に関心があり、といってももちろんクラシックなのだが、前田憲男の『作曲入門』という本を買ってきて読んでいた。すると、「インターナショナル」の歌とかいうのの冒頭部が引かれていて、「ご存知!」と書いてあった。私は、おいご存知じゃないよ知らないよと思ったが、この本は1972年の刊行だった。そして、私がその「インターナショナル」という歌を初めて聴いたのは、恐らく二千年以降のことだった。大島渚の『日本の夜と霧』の中で歌われたのを聴いた時で、それはまったく、未だかつてかけらも聴いたことのない歌であった。
それにまた、小熊英二とか大塚英志とか、なんで1968年とかあさま山荘事件とかに関心があるのか私にはよう分からんところがあって、後者など明らかに愚劣な事件なのだから概略を知っていればいいのであると思っていて、細かな話になど興味がないのである。しかるに私はロシヤ革命にも興味がなくて、あまり人は言わないがジョン・リードの本ってものすごく分かりにくいのである。もしかするとロシヤ革命に関する分かりやすい本というのは未だ一冊もないのではないかと思うくらい。
しかるに私はフランス革命は大好きなのである。それで共和主義者なのかと思うくらいで、ロベスピエールの伝記を書こうと思ったこともあったのだが、まさかフランス語文献と取り組んで、別にフランス人歴史家以上のものが出てくるはずもないからやらないのだが……。
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『日本比較文学会会報』に、川本皓嗣・元会長が、学士院会員になった所感を書いていた。私は知らなかったが、学士院会員になると天皇の茶会に招かれるらしい。そこで川本は皇后に、ミルトンの『失楽園』をすべて暗記しているそうですが、と問い、天皇が皇后に、あなたは詩をたくさん覚えているねと言うと皇后は、いえ全部だなんて、最初のほうだけです、今はJohn Masefield を読んだりしています、と言い、川本は、
私がつい「Sea Fever! 」と口走ると、陛下はそう、"Sea Fever" と微笑みながら、お席を移されました。私は「海へのあこがれ」を暗誦される皇后をいただく国民であることを、誇らしく思いました。
とこの文章を結んでいる。やっぱり比較って……と苦笑する。大江健三郎が少年時代に「こういう皇后陛下のいる国で良かった」という作文を書いて全国レベルで表彰された、という話を、パロディにしている、とも読めるのだが。