清水真木の正気を疑う

 今度新潮新書を出した清水真木(男)という人の名がふと目に留まって、調べてみたら中公新書で『友情を疑う』というのを五年前に出していた。それで図書館で借りて読んだのだが、読み始めてすぐ、ぶきみな気持ちになってしまったのである。
 清水は1968年生、東大哲学科でニーチェを研究して博士号をとり、今は明大商学部教授だが、そこでは、「いちねんせいになったら」という童謡を引用して、同級生と友達になることは不可能だ、と言いだすのである。なぜなら、生徒の義務は勉強であり、同級生は競争相手であって、利害が対立するから友達にはなりえないと言うのである。続けて、スポーツ選手が、同業者を友達などと言うのもおかしく、相手を油断させようとしているか、既に業績を上げることを断念しているか、などと書いている。
 もっとも、哲学的問題として仮説的にこういうことを言うのなら分かるのだが、清水の文章には一切そういう断り書きとか、「こんなことを書くと読者は驚くだろうが」といった「タメ」が全然ないから、ちょっと「正気を疑う」ようなことになってしまったのである。中島ギドーの場合、狂人を演じているのがよく分かるのだが、清水の場合、「真正」…? という気がするのである。何しろ東大哲学科というのはそういうのを生み出すところだから…。
 では新潮新書のほうはどうかと思ったら、こんな感じらしい。
http://d.hatena.ne.jp/ougon_teishoku/20100515/1273932539