変身忍者嵐×快傑ライオン丸

 私は小学校3−4年のころは特撮ファンだったが、『変身忍者嵐』は観なかった。同世代の関東地方の人なら分かるだろうが、『ウルトラマンA』の裏番組だったからである。ちょうど同じ頃に、『快傑ライオン丸』の放送も始まったので、いずれも時代劇の等身大変身ものということで、当時予告を見て驚いたのを今でも覚えている。
 で、『ライオン丸』のほうはもちろん観ていた。で、今になって『嵐』をDVDで観始めたのだが、これは『A』の裏番組なので視聴率では苦戦したというが、内容的に、『ライオン丸』に負けているなと思わざるをえない。だいたい嵐のコスチュームはまるでチンドン屋である。あんな派手派手しい忍者があるものか。それに比べて、ライオン丸のデザインは美しかった。また変身シーンも、嵐は「吹けよー嵐! 嵐!」と叫ぶだけで、リズム感がないし、形としても工夫が足りないし、一回に二度も変身して、その都度、「ハヤテの脳が異常振動を起こし」などとナレーションが入るのも興醒め。だいたい子供番組で「脳が異常振動」はないだろうし、「異常」って・・・。「特殊波動」とか言うべきだろう。これに対して「風よ! 光よ! 忍法、獅子変化!」とやるライオン丸のほうが、遥かに形も台詞も決まっている。嵐の必殺技である影写しにしても、むやみと時間がかかるし、単に相手の目に光を当てるという子供の遊びみたいなもので、しかもナレーションがいちいち入るからまだるくてならない。
 レギュラー陣にしても、林寛子、牧冬吉とスターを投入してはいるのだが、牧のタツマキ、林のカスミ、少年のツムジが親子であるため、『ライオン丸』のレギュラーでやはり女性と少年が出てくるのが、いずれも戦災孤児であるのに対して、世界が甘ったるくなっている。
 まあ『嵐』は後半を観ていないが、『ライオン丸』は後半、虎錠之介、変身してタイガージョーというライヴァルが登場して時代劇の王道を行き、うちでは子供のつきあいで観ていた両親までこのライヴァル対決には引き入れられていたくらいだ。
 それにしても、ヒーローの孤独というテーマでは定評のある石森章太郎原作なのに、孤独感で負けたというのは皮肉だ。ここはやはりうしおそうじの再評価でしょう。うしおの評伝を鷺巣詩郎が書けばいいのに。(こういう文章の創始者たる池田憲章も、今思えば偉い人だ) 
 (小谷野敦