山内昌之

(活字化のため削除)

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雨の中、書店へ立ち寄ったら、大久保喬樹の『日本文化論の名著入門』という本を見つけて、ぎょっとした。この人は数年前にも中公新書で『日本文化論の系譜』というのを出している。
 言っておくが、ここで取り上げられている「日本文化論」の類は、たとえば「陰翳礼讃」などは谷崎先生の好みを書いただけとしても、その他は学問的にインチキであることが、今では常識である。歴史的変遷とか、階級による差などを無視して、古代から現代まで、貴族や大名から庶民までが同じような心性を持っていたとするのがほとんどである。
 どうやら今度の本は、前回の続編で、内容を引用をふんだんに用いて紹介したもののようだが、まだ学生の頃から文藝雑誌や『美術手帖』などに寄稿して、早熟の文藝評論家として江藤淳にも絶賛されていた大久保が、なぜここまでダメな学者になってしまったのか。要するに元からダメだったのだ、とも言える。和辻哲郎文化賞を受賞した『岡倉天心』なんて、小林秀雄の『本居宣長』の真似でもしたのか、何を言っているのか全然分からず、実に閉口したものだ。
 しかし仮に、日本文化論がインチキでないとしても、この手の名著紹介本しか書かなくなってしまったということは、どうなのであろうか。
 (小谷野敦