乙〇君に告ぐ

 乙〇知〇君より、私がプライヴァシーの侵害をしているという申し立てがあったと、はてなから連絡があった。
 乙〇君は、荻上チキは筆名だという。しかし、筆名というのは作家が用いるもので、かつおおよそはその実名もまた世間には知れている。岸本葉子も筆名だが、その本名は『現代日本執筆者大事典』にちゃんと載っている。覆面作家というものがあって、初期のエラリー・クイーン北村薫などがいるが、彼らは推理小説を書いたのであって、何らかの議論を行ったわけではない。江藤淳柄谷行人でも、調べれば実名は分かるし、隠してはいない。筆名で活動しているからといって、その本名を堅く隠蔽しようとし、明かされたからといって被害を訴えたなどという前例がないのである。
 戦後の学者でいえば、見田宗介真木悠介という筆名を使ったが、ほかにはあまり見当たらないし、見田も、隠していたのかどうか疑問である。学者が変名を使ってポルノ小説を書くという例はあり、フランス書院文庫などの作者も多くは正体不明だが、変名でポルノ小説を書いたからといって卑怯とは言えない。
 ひとつ類似の例は、かつて『正論』に連載されていた「毒書の時間」という二ページの罵倒書評で、北野太乙という名で書かれ、主として左翼系の本を口汚く罵っていた。私もやられたことがあるのだが、当時、北野はこの名で『エヴァンゲリオン解釈と鑑賞』などという本を出していた。だが連載が終り、北野は吉本健二の名で通俗歴史小説を書き始めたが、これが東大倫理学科で博士号をとった人物であると知ったときは驚いたものだ。とはいえ、この連載は、『正論』の悪い印象を強めただけのような気がする。ほかにも、『群像』の「閑閑諤諤」とか『文學界』の「相馬悠々」とかの変名時評があり、かつては『週刊朝日』に「蝿」名義の文藝罵倒時評があった。もっとも、雑誌に載る分には、載せている編集長の責任でもあるから、責任元不明ということはない。
 学者であれば、たとえ在野であっても、筆名で書き続け、本名を隠すということは、まずない。そのような人物の書くものは信用されないだろうから。では評論家はどうか。「いいだ・もも」は筆名のように見えるが、本名は飯田桃である。松沢呉一は筆名らしいが、ほぼ文筆専業であるから、書いたものの責任は当人に返ってくる。では、乙〇君が言うように、会社勤めの二足の草鞋評論家で、本名が知れるとまずい、という人はいないのだろうか。会社勤めの作家といえば、古くは水上瀧太郎がいるが、これも本名・阿部章蔵は知れていた。あるいは坂上弘だが、これは本名だ。いちばん近いのは勢古浩爾さんだが、これは実に実名をばんばん出して人を攻撃する型の評論家で、実は石原吉郎論などを書く文学畑の人だが、会社勤めを昨年あたり辞めた。
 かくも前例がないのは、他人を攻撃する以上、筆名を使って実名を隠蔽するがごとき行為は卑怯だという理念が共有されていたからではないかと思う。
 乙〇君は、東大大学院修士課程を修了して、ちくま新書を刊行した。ということはこれは修士論文の内容と重なるものと思われる。一体に、修士論文を二十六歳くらいで刊行するということ自体が稀なことで、私の知る限り、こうしたことは東大比較文学佐伯順子さんが初めてであり、年齢的に二十六前後といえば、あとは加藤百合、私、松居竜五、また社会学貴戸理恵、また博士論文で表象文化論東浩紀がいる。むろんいずれも本名である。ただこれらは一様に博士課程に進み、学者の道を歩んだから、修士を出て就職した乙〇君とは違うわけだが、そもそも修論が本になるほどの実力を持った人が学者を目指さないというのが、人文学の現状をよく示しているというのは別の話ながら、では乙〇君が学者の道を選んでいたら、むしろ筆名で出したものが業績にあったらまずいだろう。では学者の道を行っていたら、「顧客に知れるとまずい」といった懸念はないかといえば、そんなことはない。本を出しただけで嫉妬されるし、いくら大学の専任職が優遇されているからといって、活発に言論活動をしていれば、「いづらく」なる。
 さて、匿名が卑怯だからといって本名を仄めかしていいとは言えないなどと言う者たちに言うが、私の仄めかしによって実名に辿りつけるのは、東大の石田英敬教授が、研究室HPにその名を掲げていたからである。私が実名から指導教員に辿りつけたのもそのためである。前にも言ったとおり、これは個人情報保護法上、どうなのか。私が最初に見た時は、院生として名があったが、今でもOBとして載っている。乙〇君は、石田教授に、やめてください、となぜ言わなかったのか。独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律に鑑みれば、乙〇君は、その権利を有している。
 たとえば舞城王太郎覆面作家だが、三島賞を受賞しても受賞式にも現れず、受賞のことばさえ書いていない。それに対して乙〇君は、学歴、顔写真まで出しており、なかんずく問題のインタビューでは堂々と顔の分かる写真を二枚も掲載していて、とうてい「本気で正体を隠したいと思っている」とは思えないのだ。
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 さて、荻上チキの本名が乙〇君だと最初に実名をフルで書いたのは私ではないし、音羽君でもない。2ちゃんねらーである。『ウェブ炎上』は、炎上については論じていても、2ちゃんねるの祭りについては何も書いていない。そして例のインタビューでは「朝日新聞とか毎日新聞とか、新聞社のネットに関する特集って、どう考えても恨み節じゃないですか(笑)」という問題発言が飛び出している。毎日新聞が、2ちゃんねる批判のキャンペーンを張っているのはまさか知らないはずはない。それを乙〇君は「どう考えても恨み節」だというのか。それなら、「2ちゃんねるに実名を書かれた」といって騒ぐのは、乙〇君の「恨み節(笑)」なのか。私は今回のメールのやりとりで、このことにも触れたが、同君は答えなかった。「炎上はなくならない」と書いたように「2ちゃんねるはなくならない」のか。存在を容認して批判されるのも嫌だが、2ちゃんねるを批判して祭られるのも嫌だという、そこに乙〇君の一貫した姑息さがある。何しろ乙〇君は、ネット群集の暴走の専門家である。そして、そこには群集批判があるわけではない。しごくクールに構えている。しかし、2ちゃんねるの被害に遇った人々、訴訟を起こして勝ったにも関わらず削除もしてもらえず、賠償金も払われずにいる人々が、「恨み節(笑)」などというコメントを見たら、どれほど不快だったか、同君にはそういう想像力が欠如している。そして、自分がネット群集の暴走の餌食になると、困る困ると騒ぎ立てるのである。自業自得である。天誅である。
 もう一つ、乙〇君のことは、研究室の教授数名、また院生数名は確実に知っているはずだが、彼らに「口止め」したのだろうか? しかし彼らに、そんな約束をする義務はまったくない。なお石田英敬教授にお尋ねしたところ、乙〇君は知っているが『ウェブ炎上』という本は知らないとのことで、乙〇君は指導教授に献呈しなかったらしい。
 なおはてなの規約がどうとか言っているが、あんな規約、格好付けに掲げているだけで守らせる気なんかないよ。マサシのなんか法廷へ持ち出せば間違いなく公然侮辱で、私ははてなに対処を要求しているが途中から返事が来なくなった。

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 最後に一言。『高学歴ワーキングプア』を書いた九州大学博士・水月昭道君だが、私はこれこそてっきり変名だと思った。この内容なら、水月君は、まだ定職がなく、来年四月からはどうなるかも分からない。変名でこういうものを書いても、私は非難しない。しかし、驚いたことに実名であった。私は水月君を尊敬する。
小谷野敦

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http://www.miyadai.com/index.php?itemid=600
何だ、これ宮台のブログだったのか。四人で話しているのに鼎談なんて書いてあるから、どこかのバカが編集したのかと思った。