荻上チキの正体

 九月にここで、ちくま新書が出たら荻上チキの実名を明かす、と書いたら、ほどなくチキから、やめてほしいという懇願メールが来た。会社で仕事をしているので、顧客などに知れるとまずい、というのだ。
 チキは私が小山エミと論争している時に、「小谷野さんがぐずぐずになっている」と書いているし(私はぐずぐずになどなっていない)、林道義をも批判しているから、匿名批判は卑怯だという考えのもと、明かすべきだと思うのだが、一点、躊躇されるのは、私がチキの実名を知っているのは、当人が本を送ってきた時に封筒の裏に書いてあったからで、当人が知らせてきたのを、当人が嫌がっているのに明かすのは、どうか、と思うからだ。もっとも当人は、封筒の裏に書いたことは忘れていたらしく、筑摩書房から聞いたと思ったらしいが、それは個人情報保護法違反だから、ない(筑摩の編集者とはもちろん時々電話で話すから、「本名知ってるんですが、明かすとまずいですかねえ」みたいな話はした。それがチキ担当編集に伝わり「小谷野が名前を知りたがっているみたい」になったのだろう)。現に私はパオロ・マッツァリーノの実名を知らない。筑摩では当然知っている。
 しかし、それから三ヶ月たって、やはり、東大の院修了という身分を明かし、なおかつ変名というのは、卑怯だという念が消えない。それでチキにまたメールして訊ねたが、やはり困るという。そして私が実名を明かしたらそれは卑怯だという。私はそうは思わない。
 そこで、ちょっとだけ明かすことにする。指導教員は「天皇在位十周年」の人である。姓は「お」で始まり、名は、音読みすると「チキ」になる。
 というか、インタビューで正面から写真も出ているし、見る人が見ればすぐ分かるだろうに、何が困るのかなあ。とりあえず、裏取引のようなことをしているのは嫌なので、書いておく。

 (小谷野敦