どうせチャート式なら

 とにかく、最近の学会発表は奇妙だ。レジュメに書いてあることをただ「ですます」体にして話すだけなら、レジュメ貰って帰るか、ざっと目を通して質問に移ったほうが時間の節約である。
 それから、無意味にチャート式のレジュメ作った上、それをパワーポイントで説明するとか、これだってレジュメ貰えば終りである。
 どうせチャート式で説明するなら、難解で分からないクリステヴァの「恐怖の権力」とか、ヘーゲルの「精神現象学」とか、そういうのをチャートで説明してほしいね。「チャート式ジュリア・クリステヴァ」とかね。まあ、チャート式にすると支離滅裂なのがばれてしまうだろうが…。
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 『評論家入門』で、内村祐之と内村美代子を兄妹と書いたが、夫婦の間違いでした。増刷したら訂正します。しかし、この間違いにはちゃんと理由がある。内村美代子には『晩年の父内村鑑三』という著書がある。要するに現物を見なかったわけだが、このタイトルなら、まさか息子の妻だとは思うまい。実の娘だと思う。渡辺たをりさんは『祖父谷崎潤一郎』という著を出して「祖父じゃないのに」と松子からずいぶん非難されていたが、松子の連れ子の娘なので確かに義理の祖父でしかない。
 北原白秋の息子の妻の北原東子さんは、白秋に関する著作を出しているが、「父白秋」などとは書いていないし、三浦暁子さんが「父三浦朱門」だの「母曽野綾子」だのと書いたら、やっぱりおかしいだろう。その点、「勝海舟の嫁クララの明治日記」というのは、何だか海舟がクララと結婚したようでおかしいと言う人がいるが、むしろ正確だろう。
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 勝海舟で思い出したのだが、子供の頃、石川賢の「爆末」というマンガを、雑誌で読んだ。幕末期の、爆弾作りを主人公にしたものだったが、その中で、怪しい男が捕らえられてある屋敷に連れて行かれ、庭先に引き据えられると、障子の向こうから声をかけられ、話しているとガラリ、障子(襖?)が開いて羽織姿の男が現れ、怪しい男が「勝! 勝海舟!」と叫ぶのだが、この時代、ただの庶民が勝海舟の顔なんか知っているわけがないのだ。
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 こないだ、ミルトン・ダイヤモンドにメールを出して「あなたは『生まれつきと育て方で性は決まる』と言っているが、私は『大体は生まれつきで決まる』と言って、小山エミから攻撃を受けている。意見を聞きたい」と言ったら、ダイヤモンド、元々何らかのジェンダー自認に障害がある子供は、育て方で、みたいなことを言ってきたが、それが同報メールで小山にも行っていた。しかも私のメールつきで。さらに、「朝日新聞」の記事が見たい、というから、日本語が読めるのかなと思って添付し、小山宛に送ったことに疑義を呈し、私の「大体は(On the whole)生まれつきで決まる」というのは、非難されなければならない表現かどうか、イエスかノーで答えてくれ、と返した。
 ダイヤモンドは、小山には会ったことはあるがそうたびたびメールしているわけではなく、小山と議論しているというので送った、不快だったら許してくれ、また、朝日新聞の英語版があるのかと思った、と言い、これは複雑な問題なので私の論文を読んでくれと言ってきた。イエスかノーか、答えなかった。簡単なことだと思うのだが。それにしても当該記事の英語版があると、今になってまだ思っていたのには驚いた。
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 私は、もてない男を差別するな、優しくしろ、などとは言っていない。誰にでも恋愛ができるという嘘をつくな、と言っているのだ。
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 私は森見登美彦の文体が許せない。『太陽の塔』の時からひどい、と思っていたのだが、山本周五郎賞をとったので、少しはましになったかと思って、一ページ読んだだけで放り出した。耐えられないのである。だってあれは、アレなアレがアレして書く文章だろう。しかしとにかく売れているし、斎藤美奈子も褒めているし(しかしこのところ斎藤の丸くなり方は尋常ではない)、「たとえ娯楽小説とはいえ、これは私の考える小説の文体ではない」と啖呵を切るしか、もうしかたがないのであろうか。
 (小谷野敦