禁煙ファシズムとは最も遠かった毎日新聞だが、今日の朝刊はひどい。二面の囲み記事で、中村秀明なる経済部の記者が、筑紫哲也に復帰後、タバコの危険を語って欲しいと禁煙運動家らが待望していると書いている。
 筑紫氏は七十を超えている。それくらいの年になれば、誰でもガンに罹る可能性は相当高い。というか、既に死亡適齢期になっている。しかも「肺がん」といっても、いちばん多い肺野型の肺腺ガンは、タバコとの関係は薄いというのが定説だ。筑紫氏の肺がんの部位および種類は未だ公表されていないのに、ヘビースモーカーだから肺がんになったなどという因果関係はまったく提示されていないのだ。
 真ん中へんには、「死亡の危険 喫煙で激増」とでかい見出しの記事だが、「男性で1.6倍、女性で1.9倍」とある。笑止である。統計学の世界で、2倍にも達しない可能性を「激増」とは言わんよ。現に本文中では、肥満、大量の飲酒では2倍になると書いてある。そっちの方が問題じゃないかね。では缶ビールに「大量の飲酒はあなたの寿命を縮めます」と大書してあるかね。それに、自殺の危険性も喫煙で増加するみたいに書いてあるが、そりゃ因果関係じゃなくて、ストレスの大きい、またはストレスに弱い人は喫煙者が多く、自殺者も多いってだけのことだろう。
 だいたい、「死亡の危険」って表現がおかしい。こいつら、人間は永遠に生きることが可能だとでも思っているのか。この種の数字には、80代、90代の人間まで入っているのだが、そんなのは「死ぬべき時期」である。
 だいたい、がんだけを恐れるのがまた変である。別に人間はがんでなくたって死ぬ。がんになる確率は高齢化によってどんどん高まるから、高齢化社会になればがん患者が増えるのは当然だ。40でがんになった岸本葉子さんがタバコを吸ったかね。私は対談したから、彼女が吸わないのは確認済みである。
 じゃあ禁煙ファシストらよ、「タバコを吸う人とはけっこんしません」という少女の作文を批判して新聞記事にもなった作家の沢野久雄を改めて取り上げて、こんなことを言っているから肺がんで死んだのだ、と書いたらどうかね。
 日本禁煙学会理事長・作田学とメールのやりとりをしたことは本にも書いたが、その最後のメールから抜粋しよう。

「肺がん死はタバコによる死としては、少数派です。
やはり多いのは心筋梗塞死、あるいはCOPDでbed restになる
というのが多いでしょう。

もっと議論をしたいのであれば、大いにやりましょう。
その際、私の知識の及ばない範囲があるといけませんので、せめてこの
メールだけでも公開にしませんか?
それが多くの人に裨益することと思います。

作田 学」
 
 公開にしませんか? と言っているのだが、どこかの雑誌で往復書簡を公開しようという私の提案には、なぜか応答しなかった作田であった。
 さらに問う、そこまでタバコに害があるというなら、なぜ非合法にせよ、と主張しないのかね、新聞よ。それがいちばん手っ取りばやいではないか。
それと、はらたいらが死んだとき、やはり大量飲酒はいけない、というキャンペーンを張らなかったのは、忘れていないぞ。
 (小谷野敦
連載始まりました。
http://www.pipeclub-jpn.org/column/column_01_detail_06.html