国立がんセンター名誉総長・垣添忠生は、煙草の大幅増税を提言した人である。その夫人は、2007年12月31日に肺がんで死去している。78歳だったという。
 私の母は、その一か月前の12月1日に死去、68歳であった。国立がんセンターで治療をしていたのは2006年暮れから2007年4月ころまで。この4月に垣添は総長を退任している。
 垣添はいま68歳なので、不思議に思ったのだが、著書を読むと、夫人は12歳年上で、垣添が26歳で医師だった時に入院していた人妻だったという。駆け落ちをし、周囲の反対を押し切って一緒になった。夫人は病弱でさまざまな病気に侵され、遂に肺腺がんで死去した。垣添は自殺も考えるほどに苦悩したという。その手記が『妻を看取る日』である。
 しかし不思議なことである。垣添も妻も非喫煙者であろう。しかるに肺線がんになったわけだし、女性の肺腺がんが、喫煙だの「受動喫煙」だのとの相関性が低いことくらい知っているはずで、妻が肺がんで死んだから煙草を目の敵にする、というのでもないはずだ。
 国立がんセンターは敷地内を全面禁煙にしているが、非道な措置だと思う。ここには、がんで助からないと宣告を受ける患者とその家族が多く来る。彼らは苦悩し、喫煙者であれば一服することでその苦悩を紛らそうとする。私もしばしば、屋外へ出て一服したが、ほかにも喫っている人はいた。
 そういう、人間の心が分からない垣添は、医師失格だと思う。苦悩が決して人間を高みへと導かない、よい事例がここにある。